ゴー・ホーム・クイックリー
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終戦直後の昭和二十一年初め、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の方針に従い、国会内の委員会で政府試案をまとめたが、GHQは拒否。そればかりか、GHQ憲法草案を押し付けてきた。この案を翻訳し、日本の法律らしく形を整え、新憲法の下敷きにせよ、というのだ。わずか二週間で翻訳にあたることになったのは、内閣法制局の佐藤達夫。吉田茂外相と話す機会を得た佐藤は、GHQ案の問題点をまくしたてる。それを聞いた吉田は、佐藤に言った。「GHQとは何の略だか知ってるかね?ゴー・ホーム・クイックリーだ。『さっさと帰れ』だよ。総司令部が満足する憲法を早急に作っちまおうじゃないか。国の体制を整えるのは、独立を回復してからだ」。今こそ見つめ直すべき憲法制定の物語。
楽天Booksより引用”
おすすめポイント
- ☑GHQ下での憲法作成の過程がわかる
- ☑中立的で政治的な押しつけが一切ない
戦争に負けたGHQ占領下での日本で法制局に務める佐藤に新憲法作成の白羽の矢が立った。 米との折衝と、極東委員会の思惑、変わる世界情勢と衆議院、貴族院、皇族、市民 だんだんと僕らが今日70年いじょうたってもかわらないままの日本国憲法の形になっていく姿を見るととても感慨深い 「押し付け憲法」と批判する人も、「護憲」を叫ぶ人もいったんこの話を読んでもういっかい未来について考えたみたくなる
ゴー・ホーム・クイックリー
『ゴー・ホーム・クイックリー』
GHQ … 意味は General Head Quarter ただ、のちの吉田首相はこういった「Go Home Quickly」 GHQにははやくおうちに(米)に帰ってもらいたいというJoke ただ、現実には彼らがGo home するのには6年もの歳月を要し、日本が思った短い占領は実現しなかった
今の僕らの天皇観は、占領後の教育の成果に寄って出来上がったもので、東寺の人がもっていたものとは全く違う 当時を生きた人たちがどんな思いで象徴天皇制に切り替えることを受け入れることができたのだろうかと考えたいが、考えることが難しい 過程はどうあれ、いまも皇室が残っているという奇跡が彼らのおかげであると思うと頭が上がらなくなる