武器を持たないチョウの戦い方

著者: 竹内 剛
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本の価格: 2420
出版時期: 2021年06月01日頃
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Cover Image for 武器を持たないチョウの戦い方
チョウが互いに相手の周りを飛び回る卍巴飛翔は、縄張り争いの一種と説明される。しかし鋭い牙も爪も持たないチョウがただ飛び回ることが、なぜ「闘争」になるのだろうか。試行錯誤の末に著者がたどり着いたのは、チョウにはライバルという認識がないために縄張り争いが成り立つという“常識外れ”な結論だった。第11回日本動物行動学会賞受賞研究。
楽天Booksより引用

おすすめポイント

  • 生き物の研究について
  • チョウが追いかける理由、戦う方法

武器を持たないチョウがどのようにライバルたちと縄張り争いをしているのか?なんて疑問を持ったことがある人は多分少ないだろう。 チョウたちが生存・子孫をかけて争うことに着目した竹内さんは子供の頃からのチョウ好きだったのが結果として研究者になった。 チョウの話だけではなく、生態学の研究、そして研究者としてのいろいろ、をわかりやすく教えてくれて楽しく読める。 幅広い世代におすすめできる本。

武器を持たないチョウの戦い方

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武器を持たないチョウの戦い方

1章 ギフチョウはなぜ山頂に集まるのか

まだ、アゲハチョウなどの一般的なチョウが見られるようになる前の春先の野山に出てくるチョウ、ギフチョウ

地球上で本州のみに分布する。カンアオイという草の裏に卵を産み、その葉を食べて育つため、完全にカンアオイ(属)に依存している植物。

近年、ニホンジカの個体数増加による影響で森林の植生が現象し、カンアオイの個体数も現象していることからギフチョウの保全も懸念が高まっている。

そんなギフチョウを著者の竹内さんは子供の頃から高まったチョウ熱によって実際に見たいと大阪から中3のときに母親にお願いして石川県のコマツにまで連れて行ってもらったほど。

京大理学部に入学して他の研究者の手伝いでギフチョウの採集などをしていた。ここで採集活動をしているとギフチョウが山頂に集まることが観測された。

これを調べてみると下のような結論に至った。

  1. ギフチョウはオスもメスも山頂に飛来してそこで交尾する
  2. 交尾したメスは山麓のミヤコアオイの自生地で産卵するが、自分が羽化したところに戻るとは限らない

この行動として考えられた理由は

  • 広い山麓では他のギフチョウに出会える可能性が少ない
  • 山麓の個体がすべて山頂に集まることで広いエリアから限られた部分に個体が集合することで出会う確率が上がる
  • 交尾後は狭いところに集中すると餌不足や環境の変化に対応できないので、生き残るために広い範囲(山麓)にバラけて産卵する

という話。 こうした観察が仮説、そして発見に至るという過程から研究にハマっていったという。

2章 相手を攻撃しない闘争で優位になるには

この章ではゼフィルスと呼ばれるシジミチョウ科の一群の蝶たちの話

翅を開くと3cmほどのやや小型のチョウで日本には25種類が知られている。

このゼフィルスについての縄張り行動を調べた話。

チョウの縄張り行動は他の生物と比べて特殊で物理的な(叩いたりつついたりといった)ダメージを一切加えない 卍円飛翔のように両者がお互いにくるくる回りながら追いかけ合ってそのうちに一方が縄張りから去るまで続け合うというものなのだ。

この縄張り行動には元からその縄張りを保持していた個体が、つねに侵入者に勝つというルール(ブルジョア戦略)が適用されやすい。

この理由として、縄張りを先に保持していた個体は、日光浴することで体温を上げて動きやすいため、縄張り争いに勝ちやすいという仮説もあった。 他にも、加齢によるものという仮説もあった。

なんかいもの試行錯誤や思考、フィールド調査などを通して、これらの結論ではない新たな結論が出た。

ブルジョア戦略が成り立つのは、過去にその縄張りを専有した時間のながい個体は、その縄張りに対する動機づけが高いため、縄張り争いの飛翔に多くの時間を投資する(あきらめない)ので、結果的に勝てるというものだった。

簡単に言ってしまうと、それだけのものかと思われるかもしれないが、この結論に至るまでにいくつもの偶然と過酷な実地調査とを経ている。 しかも、結果的に未来の自分によってこの結論の一部は否定されてしまう。 これがまた彼の言う研究の面白いところなのだろう

3章 2つの生存戦略の使い分け

この章では広島大学の研究室に所属していたときにチョウの配偶行動の研究をした話 対象はクロヒカゲというジャノメチョウの仲間

チョウの配偶戦略には主に2つある

  1. 配偶縄張り: オスが特定の場所を専有して、そこに飛来した押すと交尾する性質
  2. 探索飛翔: 広範囲を飛び回ってメスを探す行動(広範囲と言ってもエサの周辺を飛び回るくらい)

探索飛翔では基本的に飛び回るだけなので、争いは起きないが唯一の例外が、羽化するメスのチョウがいた時の話であることには驚いた。 なんだか、羽化したチョウにとっては切ない話で今でも世界各地で行われているような児童婚のようにも感じてしまうが、チョウはすでに羽化した瞬間から(蛹を経ているので)成人なのだろな

そして、探索飛翔のチョウもメスの蛹を見つけるとみんなその枝付近に集まって羽化したタイミングでここぞと争うように交尾をしようとするのだ

この章ではクロヒカゲは先行研究(すでに先人らが発表した研究)では探索飛翔と言われていたが、そうではなく、縄張り戦略を取ることを明らかにした話だった

次の章でも出てくるが、科学の中で「正しい」とされてきているのは、その時点において「正しくない」とする説が見つかっていないから暫定的に?過程的に?正しいとしているだけ。 だから先行研究が正しいとは限らないし、批判を恐れずに、疑いの目を持って研究をするのが大事っていう話だ

4章 チョウの縄張り争いは求愛行動?

ここではまず、今の生物学において基本とされるダーウィンの自然選択説について解説している。 簡単に行ってしまうと自然選択説は、強いものが生き残るから勝手に選択されて「強さ」(例えばキリンの首の長さとか)が形質(特徴)として遺伝していくっていうもの

そして、リチャード・ドーキンスが名付けたように「利己的な遺伝子」として生き物は種そのものではなく、自分の遺伝子を残したいと考えるのである。 つまり、キリンAはキリンの命が残ればいいやーではなくて、俺の遺伝子残してえってなるわけ

ここで新たに矛盾が出てくる。つまり自分の遺伝子を残したいって考えた場合は、例えばキリンAはキリンBを倒したほうがメスと巡り会える可能性が高まるはず。なのに実際には自然界ではオス同士の闘争はそこまで見られない。というもの

これは「タカハトゲーム」というものとその派生によって、一応矛盾しないとされている。 つまり、闘争によるリスクと得られるリターンの大きさによって変わるのである。 チョウの縄張り争いも持久戦なのでエネルギーを失うというリスクがあるのだという。

この章はこういった一般的な生物の話も少し入ってくるがとてもわかり易くてたのしめる。

モーガンの公準とオッカムの剃刀

上で説明した前提から立ち返ってみるとチョウの飛翔行動は説明できない。 という部分に行き詰まってしまったところで昔から冗談だろ?と思いながら温め続けたアイデアがスポンとハマることに気づいた。

チョウにとって縄張りに侵入してきた相手は異性か天敵かもしれない物体である。侵入者にとっても同じで、お互いに異性かもしれないと追いかけ合う。

ただチョウは空中で交尾できないので、いつまでも交尾行動に移る後とはできず、どこかの時点で片方の個体が負うのをやめる。 チョウがなぜ自分からエネルギーを失うような卍型飛翔行動を捕るのかという基本的な問いに答えることができたのである。

とてもコペルニクス転回的なもので読んでいて論理的でわかりやすかった。 このあとで他の研究者たちにはぼろくそに言われまくった話もあるが、実際今はどうなっているのだろうか。

研究も思わぬ機会でのひらめきや過去に思いついたアイデアを少し買えたものであることが多いので、たくさんの機会を作ったり、メモしたりすることが大事なのだと実感させられたのだ。

5章 チョウにとって同性とはなにか

さっきのチョウの汎求愛説は科学者からの批判をたくさん浴びたという。 そこでいくつかの反論に答えるために実験を行った話。

最後はキアゲハで行った同性と異性を見分けられるかという実験である。

結果、キアゲハは性を見分けることは近くに行かないとわかんないということであった。 一見キアゲハ馬鹿なんじゃないかと思ってしまう人もいるかも知れない結果だろう。 性別を見分けられたらどんなにいいことか、と

でも、人間もイヌのように嗅覚は鋭くないし、たまには性別だって間違える(笑)

今までもチョウが大きい視野で見れば絶滅していないことから見てもこれでべつに馬鹿げているわけではないと。

おわりに

「今の動物の研究は人間の視点でやっていて、動物の視点にはなっていない」

p.232

つねに疑うことが大事なのだ。