幽玄F
「ただ私は戦闘機という機械に乗りたかっただけで、その戦闘機の飛ぶ空が“護国の空”だったのです」少年は、空を夢見、そして空へ羽ばたく。空を支配する重力・Gに取り憑かれ、戦闘機F-35-Bを操る航空宇宙自衛隊員・易永透。日本・タイ・バングラデシュを舞台に描かれる、魂の垂直離陸。直木賞と山本周五郎賞をW受賞した『テスカトリポカ』から2年、構想5年ー日本の戦後精神の支柱「三島由紀夫」に挑んだ、佐藤究・圧巻の第4長編。
おすすめポイント
- ☑空を飛びたくなるF-35パイロットの物語
『幽玄F』は、空と飛行への情熱を抱く一人の男の物語である。主人公・易永透は、航空自衛隊の天才パイロットとして描かれ、その生涯は空への憧れと葛藤に満ちている。彼の人生は、自衛隊での経験から始まり、やがて予期せぬ出来事によって自衛隊を離れ、タイやバングラディシュへと流れていく。透の物語は、彼の内面の葛藤と外界との関わりを通じて展開される。
幽玄F
太虚の蛇
空に対する強烈な憧れを抱く主人公・易永透の航空学生になるまでを描いている。
空へのあこがれをもって少年時代を過ごし、飛行機での旅行の体験や三沢基地航空祭の衝撃などとともに、寺の僧である祖父との交流が織り交ぜられる。
デッド・シックス
F-35パイロットとなって「天才」と呼ばれた時代の透の話。
最先端戦闘機を自分の肉体の限界を超えて自在に操る様子が空を飛びたいという欲求と、あのアフターバーナーの轟音を生で聞きに行きたいという欲望を呼び起こしてくれる。
透はあらためて高度を確認した。四万フィートちょうどだった。人間はこの高さで生存できる肉体を持っていない。もし四万フィートの気圧にある空気を呼吸すれば、酸素が足りずに十八秒ほどで意識を失う。 だから機内が与圧されていない戦闘機パイロットは酸素マスクを装着する。 この時酸素の供給に酸素ボンベを利用するとなると、搭載容量が限られるので戦闘機はボンベではなく、エンジンの抽気した空気から窒素を除去し、人体に適合させた酸素を作る装置を内蔵していた。
それがOBOGS(オビグス)―機上酸素発生装置(Onboard Oxygen Generating System)だった。
p.119
%% ここからマッハ1を超えると蛇の幻影が見えてしまう原因不明の不調に襲われて、F-35から降ろされたため辞表を提出して航空自衛隊を辞めた%%
%% タイの遊覧飛行会社に移ったが、飛行機を飛ばせず、社長の友人名目の人を案内するだけだった。 ムエタイ選手の八百長から観客同士のけんかに発展した %%
話しは変わって、オーストラリア空軍のパイロット、ラッセル・フレッチャーがギャンブル依存で破産しそうな話に。 ラッセルを嵌めてスパイにさせようとする手口が鮮やかすぎて恐ろしい。
STOVL
透はバングラデシュに移ってローカル観光会社の遊覧飛行パイロットになった。
通称「船の墓場」で働いたことのあるニール・ニューランズがパイロットに応募してきた
船の墓場
チッタゴンのシャーアマーナト空港の北、海沿いのバティアリ一帯には、大型船の解体現場が集結していた。 長い年月をかけた航海の最期に敷衍がたどり着く場所、<船の墓場>。 大型船が墓場に入る方法は、まず沖に停泊して、満潮時になると浜辺に向かって喘息全身で突入する、という単純なものだった。 船はみずから座礁する形で、その生涯を終えた。
潮が引いたところで、時給八タカ、日本円で十円程度の安い報酬で雇われる労働者たちが、座礁した船体に蟻のように群がって時間をかけて解体した。 仕事はほどんと手作業で行われ、ジャンボ旅客機より大きなタンカーでさえ人力で解体された。 高層ビルを人の手だけでバラバラにするような、あるいはそれ以上の身の危険が待ち受けていたが、資源の塊である巨大な船を安い両動力で解体することが、<船の墓場>の価値を生んでいた。 低賃金労働者の人権や安全、海洋汚染などの問題を抱えているため、政府によって関係者以外の立ち入りは固く禁じられ、透も遠くから眺めたことしかなかった。
p.188
%% このあとは、ラッセルがバングラデシュに置いてきたF-35を飛ばして、タイ領空に侵犯して撃墜されるところで本編は終わる。 ニールはブラジルに移り、ショフクルは16歳になったときにとっておいてあったお金をもらい、次の話へと期待を膨らませる。 %%
おわりに
この作品は、三島由紀夫の影響を受けた文体で書かれており、主人公の狂気じみた執着は、読者に強烈な印象を与える。
戦闘機を操る場面の緊迫感、異国の地での生活の描写、そして最後に訪れる衝撃的な結末は、物語のリアリティを高め、読者を引き込んでくれる。
『幽玄F』は、空への憧れという普遍的なテーマを扱いつつ、易永透の生涯を通じて、人間の内面の複雑さ(敵とはなにか、護国とは何か)と、それが外界とどのように関わっていくかを感じ取ることができる。